男性脊髄損傷者編


第1章:男性脊髄損傷者の性機能の基礎知識

1−1 脊髄を損傷しても、勃起&射精は不可能ではありません

1−2 勃起&射精が可能とされている脊髄損傷部位

1−3 脊髄損傷に伴う、性行為の問題点


第2章:勃起の方法

2−1 勃起の方法@:バイアグラ

2−2 勃起の方法A:陰圧式勃起補助具

2−3 勃起の方法B:陰茎プロステーシス


第3章:射精の方法

3−1 射精の方法@:バイブレーター(振動刺激)

3−2 射精の方法A:電気刺激による人工射精(Electro Ejaculation:EE)

3−3 勃起の方法B:切開


第4章:男性脊髄損傷者の子作りにおける選択肢

4−1 人工授精

4−2 体外受精


第1章:男性脊髄損傷者の性機能に関する基礎知識


1−1 脊髄を損傷しても、勃起・射精は不可能ではありません


まずはじめに、「脊髄損傷者であっても、損傷部位によっては、勃起や射精、そして子作りは決して不可能ではない」ということを、しっかりと確認したいと思います。 

男性脊髄損傷患者は、多くの場合、射精障害や造精機能障害などの合併症を伴います。

そのため、男性脊髄損傷者にとって、射精を行うことや子どもを作ることはきわめて難しいことでしたが、近年の生殖補助技術の急速な進歩によって、それらが可能になるケースも出てきました。

もちろん、脊髄の損傷部位によって、勃起や射精の成功率は大きく変わってきますが、適切な対処法をとることによって、それらの成功率を改善することも可能です。

男性にとって、受傷後も性機能が問題なく機能するのか、勃起や射精が可能なのかどうか、子作りが可能なのかどうか、ということは、人生設計や自尊心に関わる非常に大きな問題になります。

本ケアガイドでは、こういった男性の方の不安を少しでも和らげるべく、「男性脊髄損傷者の性機能」に関する情報を、随時収集・公開していきたいと思います。


1−2 勃起&射精が可能とされている脊髄損傷部位


個人差もあるので一概には言えませんが、脊髄損傷者の60〜80%は、勃起可能であるとされています。

ただし、これはあくまで「一時的な勃起が可能」ということだけであって、勃起の持続時間や勃起した際の硬度などを考慮に入れると、多くが不十分なものにすぎない、という見方もあります。

さらに、脊髄損傷者の射精可能確率は、10〜15%程度です。

胸髄11番〜腰髄2番にある交感神経中枢から出る下腹神経が射精に関係しているため、胸髄下部や腰髄を損傷すると、射精が極めて困難になります。

胸髄や腰髄を損傷していない頚椎損傷者は、比較的射精しやすい傾向にあるようです。


1−3 脊髄損傷に伴う、性行為の問題点


受傷後の一番大きな変化は、麻痺や拘縮といった身体の変化です。

これによって、自分の性的な魅力に、自信が持てなくなってしまうことがあります。

また性行為中の失禁や痙性、不随意運動に対する不安感も、精神的に大きなハードルになります。

こうした精神的な問題は、医師やパートナーの女性との相談・連携によって、性行為の妨げにならないレベルまで抑えることが大切です。

性行為を円滑に行うためには、事前に排尿や残尿処理を済ませておく、濡れてもいいように防水シーツを敷く、精神的に落ち着けるように前戯の時間を長く取る、身体に負担がかからないような体位を工夫する、などの対処策を取ることができます。


第2章:勃起の方法


2−1 勃起の方法@:バイアグラ


バイアグラは、1998年にアメリカで承認された勃起障害の治療薬です。

ペニスへの血流量を増大させることによって、性的刺激時に勃起を生じさせ、その状態を維持できるようにする効果があります。

バイアグラ自体には、性欲増強作用や催淫作用は、全くありません。

そのため、内服しただけでは、いつまで待っても勃起は起こりません。

必ず視覚的・触覚的・聴覚的な性的刺激を併用することが必要になります。

バイアグラによって、身体的原因による勃起障害の男性の50%〜70%が、ある程度の改善を示しました。

心因性、器質性を問わず有効な治療薬ですが、糖尿病に対する有効率は50%程度です。

なお、バイアグラは勃起障害の治療には非常に有効ですが、射精障害には効きません。

心疾患を有している場合、バイアグラの使用によって重篤な合併症を引き起こすことがあるので、服用前に必ず医師の診断を仰いでください。

男性脊髄損傷者の場合、勃起が可能になれば、挿入行為を伴う性行為が可能になり、それが生活意欲や自尊心の回復につながります。

仮に射精やそれに伴う性的な快感を得ることは不可能でも、挿入行為に伴う視覚・聴覚の刺激によってオーガズムを味わうことは十分可能ですので、諦めずにチャレンジしてみてください。


2−2 勃起の方法A:陰圧式勃起補助具


「陰圧式勃起補助具」は、ペニスの神経や血流が損傷を受けた際に勃起を回復させる方法の一つで、厚生労働省の認可を受けた医療用器具です。

受傷や疾病が原因となる器質性のED(=勃起障害)、ストレスなどに由来する心因性ED、その両方が関わる混合性EDなど、いずれの症状にも治療効果が認められています。

ペニスを筒状のシリンダーに入れ、手動ポンプでシリンダー内を陰圧(低圧・真空)にして海綿体内に血液を呼び込み、根元をリング状のバンドで絞めて、勃起を持続させます。

実際のセックス中に使用するとムードが損なわれる、という問題はありますが、安全性・確実性が高く、副作用が少ないのがメリットです。

陰圧式勃起補助具は、空気圧を利用した物理療法なので、海綿体内に血液を運ぶ動脈血管に異常がなければ、勃起が可能です。

骨盤内のがん(前立腺がん・膀胱がん・直腸がんなど)摘出手術後や、脊椎損傷による麻痺など神経系の遮断がある場合でも効果を発揮します。

バイアグラなどの経口のED(=勃起不全)治療剤で効果がなかった方、もしくは服用中の薬が併用禁忌薬ゆえにED治療薬が使用できない方、薬剤には頼りたくないという方も、安心して使用することができます。

ただし、器具の使いはじめには、陰茎バンドによる疼痛、不快感や痛みが生じる場合もあります。

また勃起の質が「冷たい勃起」になるため、これがパートーナーの不満になる可能性もあります。

現在日本で使用されている陰圧式勃起補助具は、アメリカのベトコ社製の「ベトコ」、ツムラ社製の「リテント」、快生薬研「VCD式カンキ」などです。

これらは保険適用外の器具のため、購入する場合は全額実費(3〜5万円程度)となりますが、医師の処方箋は不要です。


2−3 勃起の方法B:陰茎プロステーシス


「陰茎プロステーシス」は、ペニスにシリコン棒を埋め込み、勃起状態を実現させる手術です。

現在に至るまで数多くの手術が行われてきており、永久的な勃起障害に対する最も有効な治療法の一つです。

「半固定式」と「膨張式」の2種類があり、「半固定式」の場合は、ペニスは常に約80%の勃起状態のままになります。

シリコンの中には針金が通っているので、セックス以外の時には、ペニスを上や下に折り曲げて、目立たせなくすることが可能です。

他方、「膨張式」の場合は、シリコン棒をポンプで伸縮させることができるため、ペニスの固さを自由に調整できます。

いずれの手術も、術後感染の可能性は1〜2%で、術後の痛みもほとんどありません。平均入院期間は1〜2日程度です。

ここで注意していただきたいのは、陰茎プロステーシス手術は、あくまで機械的にペニスを勃起させるだけの手術である、ということです。

この手術では、性欲の低下やオーガズム障害といった、セックスにまつわる他の問題を解決することはできません。

そのため、陰茎プロステーシス手術をしたからといって、これまでうまく行っていなかったパートナーとの性生活が素晴らしいものに変わる、ということはありません。

こうした理由から、手術前には、必ずパートナーや主治医とじっくり時間をかけて話し合うことを、強くお勧めいたします。


第3章:射精の方法


3−1 射精の方法@:バイブレーター(振動刺激)


脊髄射精中枢が損傷していない頚椎損傷者の場合は、バイブレーターで亀頭や陰茎を適度に刺激することによって、反射性の射精を誘発することができます。

国立身体障害者リハビリテーションセンター病院の泌尿器科医師・牛山武久氏の実践研究によると、頚椎損傷で56.3%、胸椎損傷の上位で23.4%、下位で 7.7%の射精成功率だったそうです。

施術者の熟練度によって射精成功率には幅が出るようですが、多くの場合、慣れれば誰にもできる、ということです。

なお、射精を誘発するためにどのような手段・方法を使ったとしても、ほとんどの場合、脊髄損傷者は射精時に性的な快感を得ることはできません。

ただし、視覚・聴覚・触覚の刺激による性的興奮は、健常者と同様に得ることが出来ます。


3−2 射精の方法A:電気刺激による人工射精(Electro Ejaculation:EE)


電気刺激による人工射精とは、直腸(肛門)に電極を入れて、10ボルトから15ボルトぐらいの電圧をかけることで射精を誘発する方法です。この場合の電圧は、交流でも直流でもかまいません。

この方法による射精成功率は80%以上という高確率ですが、刺激装置を設置している病院自体が非常に少ないため、一般的な方法とはいえません。

また採取された精液は、量としては十分であるものの、精子数や運動率は低下していることが多いです。

これは尿路感染、精巣の温度変化、血流障害などによって引き起こされている、と考えられています。

精子数や精子の運動量が低下している場合、一般に人工授精は困難になり、体外受精に頼ることになります。


3−3 射精の方法B:切開


これは厳密には「射精」ではありませんが、精巣上体(副睾丸)を切開して、直接精子を取り出すという方法があります。

この方法は何回も使えませんが、汚染されていないきれいな精子を採取することができる、という利点があります。

バイブレーターや電気刺激による方法は何回でも射精できるという利点がありますが、

感染を起こしている前立腺液や精嚢腺液がいっしょに出てくるために精液が汚染されてしまい、受精能力が落ちてしまう、というリスクがあります。


第4章:男性脊髄損傷者の子作りにおける選択肢


4−1 人工授精


人工授精とは、男性に精液を提供してもらい、女性の子宮内に注入することをいいます。

精子の提供者によって、配偶者間人工授精(AIH:Artificial Insemination of Husband)と非配偶者間人工授精(AID:Artificial Insemination of Donor)の2つに区別されます。

人工授精は、精子の数が少ない場合や、精子の運動率が低い場合に実施されます。

正常な男性の場合、射精1回あたり通常7500万〜3億程度の精子が射精されるのですが、人工授精は、4000万程度の精子で実施可能です。


精子濃度が1000万/ml以下の場合や、精子の運動率が極端に悪い場合(精子無力症)は、体外受精を考えることになります。

脊髄損傷者が結婚や子作りについて考えるのは、一般に受傷後しばらくして精神的、生活的に落ち着いてからがほとんどですが、受傷直後の精液はまだ濃度・運動量共に良好な状態なので、将来を見越して、予め精液を採取・保存しておく判断も大切です。

脊髄損傷者は、受傷後一定の年数が経過すると、精子の受精能力が格段に低下する、と考えられています。

人工授精の成否は、いかに排卵のタイミングにあわせて、正確に精子を注入できるかにかかっています。

また、生理開始直後から計画的に排卵誘発剤を使用して人工授精をおこなう場合もあります。

人工授精は、どこの医療施設で、どのような症例に行うかによって、その妊娠率は違います。

全体的にみた成功確率は、5〜10%程度です。

女性側の痛みも少なく、費用もさほどかかりません(1万円前後〜)が、回数を重ねる度に妊娠の確率は低下します。

そのため、10回以内を目安に、体外受精への移行をすすめる医師が多いようです。

なお、人工授精は保険適用外ですが、自治体によっては不妊治療の助成金制度があります。

お住まいの自治体に問い合わせてみてください。


4−2 体外受精


体外受精とは、通常は体内で行われる卵子と精子の受精を体の外で行い、順調に受精・分割した卵(胚)を子宮内に移植する方法です。

医学用語ではIVF (In Vitro Fertilization)と表記されます。

体外受精の成功率は、おおむね20〜30%程度です。人工授精の妊娠率が約5〜10%であるのに比べると、妊娠する確率は飛躍的に高くなります。

人工授精同様、体外受精の際にかかる費用には、保険が適用されません。

病院毎に料金は異なりますが、数十万円程度かかる場合が多いようです。

この費用は、体外受精を受ける人にとってかなりの負担となるので、

現在では、自治体が費用の一部を助成(=特定不妊治療助成金制度)しているところもあります。

体外受精のリスクとしては、多胎率(双子や三つ子の生まれる確率)が上昇します。

自然妊娠の場合の多胎率は約0.5〜1%程度ですが、体外受精を行った場合の多胎率は、約15%程度と飛躍的に上昇します。

これは、施術時に妊娠率を高めるため、1個ではなく、一度に複数(2〜3個)の胚を移植することが行われているからです。

仮に、無事体外受精が成功して双子が生まれた場合、障害を持った状態で育てていけるのか、という問題も考えておく必要があるでしょう。

また自然な妊娠の場合、妊娠して流産する割合は10〜15%位ですが、体外受精では20〜25%前後と、やや流産率が高くなります。


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