女性脊髄損傷者の妊娠&出産編


第1章:女性脊髄損傷者の妊娠と出産をめぐる現状

1−1 脊髄を損傷しても、妊娠&出産は不可能ではありません

1−2 妊娠&出産が可能とされている脊髄損傷部位

1−3 脊髄損傷に伴う、性行為の問題点


第2章:妊娠初期〜出産までの時期別注意点

2−1 妊娠初期(0週〜15週):周囲の人を味方につけて、精神的な不安に立ち向かう

2−2 妊娠中期(16週〜27週):床ずれや貧血、むくみや水腎症に注意する

2−3 妊娠後期(28週以降):早産や自律神経過反射、体重増加による動作困難に気をつけよう

2−4 出産時:自然分娩も可能です


第3章:女性脊髄損傷者の育児

3−1 育児に関する不安を払拭しよう!


第1章:女性脊髄損傷者の妊娠と出産をめぐる現状


1−1 脊髄を損傷しても、妊娠&出産は不可能ではありません

まずはじめに、「脊髄損傷者であっても、損傷部位によっては、妊娠・出産は決して不可能ではない」ということを、しっかりと確認したいと思います。 

もちろん、妊娠&出産に当たっては、脊髄損傷に伴う医学的なリスクや、周囲の無理解などの社会的リスク、

出産後の育児における経済的リスクなどの、数多くのハードルを乗り越えなければなりません。

また脊髄の損傷部位によって、妊娠&出産の危険度は大きく変わってきます。

しかし、こういったハードルを乗り越えて、実際に出産・育児を行っている脊髄損傷の女性は、数多く存在します。

脊髄損傷の患者には男性が多い(=全体の80%以上)ということもあって、これまで女性の脊髄損傷者に対する性機能の問題、そして妊娠や出産の問題などについては、あまり研究されてきませんでした。

男性の脊髄損傷者については、泌尿器科で性機能に関する相談窓口が設けられていることも増えましたが、女性に関しては、男性ほどそういった配慮がなされていない傾向にあります。

医師には男性が多いために、女性の妊娠や出産についてあまり関心が持たれていなかったことも、こうした配慮や研究の遅れの背景にあると思います。

それでも、女性にとって、受傷後も性機能が問題なく機能するのか、妊娠や出産が可能なのかどうか、ということは、人生設計や自尊心に関わる非常に大きな問題になります。

本ケアガイドでは、こういった女性の方の不安を少しでも和らげるべく、「女性脊髄損傷者の妊娠&出産」に関する情報を、随時収集・公開していきたいと思います。


1−2 妊娠&出産が可能とされている脊髄損傷部位


個人差もあるので一概には言えませんが、一般に胸椎5番より高位(上の位置)を損傷すると、妊娠や出産は非常に困難になる、とされています。しかし、頚椎損傷でも出産に成功した例もあります。


1−3 脊髄損傷に伴う、性行為の問題点


受傷後の一番大きな変化は、麻痺や拘縮といった身体の変化です。

これによって、女性としての自分の性的な魅力に、自信が持てなくなってしまうことがあります。

また性行為中の失禁や痙性、不随意運動に対する不安感も、精神的に大きなハードルになります。

こうした精神的な問題は、医師やパートナーの男性との相談・連携によって、性行為の妨げにならないレベルまで抑えることが大切です。

性行為を円滑に行うためには、事前に排尿を済ませておく、濡れてもいいように防水シーツを敷く、精神的に落ち着けるように前戯の時間を長く取る、身体に負担がかからないような体位を工夫する、などの対処策を取ることができます。


第2章:妊娠初期〜出産までの時期別注意点


2−1 妊娠初期(0週〜15週):周囲の人を味方につけて、精神的な不安に立ち向かう

自分が妊娠したと分かった場合、多くの脊髄損傷者の女性は、大きな喜びと共に、「本当に産めるのだろうか」「身体は大丈夫だろうか」「仮に無事に出産できても、育児はどうするのだろうか」といった、大きな不安に襲われます。

こうした不安は、本来であれば医師や看護師といった医療スタッフがじっくりと傾聴し、適切なアドバイスを交えながら対応すべきものなのですが、現時点においては、脊髄損傷の女性の妊娠・出産に関する事例やデータが少ないため、医師や看護師から具体的なアドバイスをもらうことを期待できないことも、多々あります。

妊娠中の母親学級や保健指導にしても、妊婦の障害を前提にした指導は、まず受けられないでしょう。

また産婦人科のスタッフは、どうしても脊髄損傷に対する理解や知識が不足しているため、妊婦の悩みや不安、問題に対して適切な回答を出せない場合も、多々あります。

かといってリハビリテーションのスタッフに相談しても、今度は産科の知識が無いため、結局本人の不安だけが増大して終わり、という状態になることも考えられます。

事実、出産経験のある脊髄損傷の女性の感想では、「とにかく、もっと医師や看護師に、自分の話を聞いてほしかった」「分からないのは当然なので、もっと一緒に考えて欲しかった」というものが、大多数を占めています。

医師から妊娠をとがめられるような発言、暗に中絶を勧められるような発言をされたり、受診の度に「産んでも育てられる自信があるのですか」と繰り返し言われて、精神的に非常に苦痛だった、という女性も、数多く存在しています。

もちろん、女性脊髄損傷者の妊娠と出産には大きなリスクが伴うので、医療関係者としては、事前にリスクに関する情報を十分に説明する義務があります。場合によっては、中絶を勧めることも必要でしょう。

しかし、全てのリスクを説明した上で、「産むかどうか」の最終的な決定権は、あくまで本人にあります。

医療関係者は、本人の決定を十分に尊重し、支援していく姿勢を大切にするべきです。

今後、脊髄損傷の女性の妊娠を取り巻く環境は徐々に改善されていくと思いますが、基本的には自分で主体的に情報を集め、周囲の理解と協力を得つつ、妊娠・出産・育児に伴う不安に立ち向かっていく、という姿勢が大切になると思います。


●妊娠初期の注意点:


妊娠初期では、一般の妊婦同様、脊髄損傷の妊婦の場合も、つわりや便秘、貧血といった体調の変化が生じます。

妊娠初期の脊髄損傷の妊婦に頻発する併発症としては、尿路感染症が挙げられます。

脊髄損傷者の場合、カテーテル留置や自己導尿などの管理のために、妊娠前から尿路感染症を起こしている場合があり、妊娠に伴う体調の変化から、感染症状が悪化してしまうことがあります。

そのため、妊娠が分かった時点から、陰部を常に清潔に保っておく必要があるでしょう。

また排便の管理として座薬や下剤を服用している場合は、それらの薬が妊娠中の身体に影響を及ぼさないものかどうか、必ず医師に確認してください。

妊娠中は貧血や便秘に悩まされることが多くなるため、鉄分や食物繊維の豊富な食事を意識してとることも、非常に大切です。

なお、バリアフリー設備が整っていない病院やクリニックの場合、内診台に上がれない、車いす用の入浴設備が無いために身体の清潔を保つことが出来ない、などの様々な不都合が出ることが予想されます。

出産までの期間を安心して過ごすためにも、事前に入院予定の病院やクリニックの設備をチェックしておきましょう。


2−2 妊娠中期(16週〜27週):床ずれや貧血、むくみや水腎症に注意する


●床ずれ(褥瘡)に関する注意点:

妊娠中期には、貧血や尿路感染症、妊娠中毒症が起こりやすくなります。

この時期、つわりの軽減にともなって食欲が回復すると、体重の増加によって床ずれ(褥瘡)ができてしまうことがあります。それ以外にも、体重の増加は移乗動作を困難にするので、妊娠中期の過度の体重増加には気をつけましょう。

なお車いす用の体重計が無い病院・クリニックの場合、妊娠中の体重を定期的に計るのが困難になることがありますので、注意が必要です。


●貧血・低血圧に関する注意点:

一般に、妊婦は体内を循環する血液量が増えるので、血が薄まることで貧血や低血圧になりがちになります。

また胎児の成長のためにも血液中の鉄分がたくさん必要になる為、ますます貧血になりやすくなります。

人によっては、めまい・頭痛・動悸・息切れといった症状が妊娠初期から続くこともあります。

貧血や低血圧が重い場合は、医師に申告して、適切な薬を処方してもらいましょう。

鉄分の補給のために、鉄剤を処方される場合もあります。


●むくみ(=浮腫)と静脈瘤に関する注意点:

妊娠中は体重が10キロ程度増加するため、血液中に増えた水分が血管の外に出やすくなり、むくみ(=浮腫)が生じることがあります。

脊髄損傷者は元来下肢にむくみが出やすいので、むくみの程度もチェックしておきましょう。

人によっては、両下肢がパンパンに膨れ上がってしまうこともあります。

足のむくみは、マッサージを行うと、多少は緩和されるようです。

また下肢静脈瘤(=足の静脈が太くなって、浮き出て見えるようになった状態)が生じる場合もあります。

妊娠がきっかけで静脈瘤となる女性は比較的多く、一般的に妊婦の10〜15%に静脈瘤が発生します。

出産後には、そのうちの80−90%は消失します。


●水腎症に関する注意点:

水腎症とは、腎臓で作られた尿の流れがせきとめられて、尿の通り道や腎臓の中に尿がたまって拡張した状態をいいます。

脊髄損傷の場合、尿意を感じないために膀胱に尿が溜まり、溜まり過ぎて膀胱で行き場を無くした尿が、尿管を逆流して腎臓にもどってしまうことがあります。

妊娠中は子宮が大きくなって膀胱を圧迫するため、この水腎症になるケースもあるようです。

対処法としては、腎臓への負担を軽減するために、膀胱留置カテーテルを挿入して、膀胱に尿がたまった状態を作らないようする方法があります。

水腎症は多くの場合妊娠性のものであり、産後には症状がおさまるようです。


2−3 妊娠後期(28週以降):早産や自律神経過反射、体重増加による動作困難に気をつけよう


●早産に関する注意点:

妊娠後期には、早産に注意する必要があります。

脊髄損傷者は、陣痛の自覚が無い場合があるので、出血や気分の不快などいつもと違う体調の変化を感じた場合は、すぐに医師や病院に連絡できる体制を予め整えておくことが、ベストです。

早産や、陣痛の自覚困難による墜落分娩(=分娩徴候のなかった妊婦が、突然急激な陣痛により急速に起立中や歩行中、排便中に分娩してしまうこと )を防ぐために、早期入院するもひとつの方法でしょう。

なお、早産は、膣感染症によって引き起こされることもあります。

そのため、妊娠期間全般にわたって、陰部の清潔を常に保つようにしてください。

また破水と尿漏れの区別がつきにくい場合もあるので、注意が必要です。


●自律神経過反射に関する注意点:

脊髄損傷レベルが胸椎6番より高位の人の場合、胎動時や子宮収縮時に自律神経過反射(AH=Autnomic Hyper-reflexia)を起こすことがあります。

自律神経過反射とは、「損傷部位以下の抹消の刺激が交感神経の反射亢進を招き、血管が収縮して高血圧になってしまうこと」を指します。

胸椎6番以上の脊髄損傷者のほとんどに見られる合併症です。

妊娠中の脊髄損傷の女性が、この自律神経過反射によって血圧が過度に上昇してしまい、頭蓋内出血を引き起こして死亡したケースも報告されています。

そのため、妊娠中は常に血圧を確認して、急激な頭痛や吐き気、鳥肌などの症状が出た場合はすぐに医師や病院に連絡できる体制を、予め整えておくことが大切です。

また自律神経過反射は、規則正しい排尿や便通によって、ある程度予防することができます。

妊娠中の便通は不規則になりがちですが、自律神経過反射を予防するためにも、管理には気を遣いましょう。


●体重増加による動作困難に関する注意点:

妊娠後期に入ると、腹部の増大と体重の増加によって、日常の動作や家事が困難になります。

具体的には、トイレの後に自分でお尻を拭けなくなったり、座薬の挿入が困難になったり、自力でのお風呂の出入りができなくなる、といったことが起こります。

排尿や排便の後始末の困難は、陰部周辺の不衛生を招き、尿路感染症の原因となることがあります。

人によっては、腹部の増大によって、座位を保つことも困難になることがあります。

ベッド上での寝返りや、下着や靴下の着脱も難しくなり、家事一般もなかなか出来ない状態になります。

また胸椎4番以上を損傷している人の場合、腹部の増大によって肺がうまく機能しなくなり、呼吸困難が起こることがあります。

こういった変化に伴う予期せぬ事故や転倒を未然に防ぐために、妊娠後期に入る前に、予め身体介護、家事の介助プランを立てておくことをお勧めいたします。


2−4 出産時:自然分娩も可能です


「分娩時の呼吸法は、脊髄損傷者にとって難しい」という意見もありますが、骨盤の形に問題が無ければ、女性脊髄損傷者の出産の場合でも、経膣分娩(=産道を通っての出産)は可能です。

国立身体障害者リハビリテーションセンター病院の道木恭子氏らによる脊髄損傷者の妊娠状況と出産に関わる問題点の調査(1998年、2002年 いずれも日本リハビリテーション看護学会集録)によると、女性脊髄損傷者の出産の方法は、帝王切開が57%、経膣分娩が43%でした。(経膣分娩のうち、32%が自然分娩、9%が吸引分娩、2%が鉗子分娩)

上記の調査では、いずれも全員が健康な子どもを出産していました。

帝王切開では赤ちゃんの産声が聞こえない、という問題点がありますが、「赤ちゃんが無事であるならば、帝王切開でも構わない」という意見も多いそうです。

自立神経過反射に関しては、分娩方法の選択と麻酔の管理によって、多くの場合、重篤な状況に陥るのを避けることができます。


第3章:女性脊髄損傷者の育児


3−1 育児に関する不安を払拭しよう!


女性脊髄損傷者にとって、妊娠や出産よりも大変なのは、育児です。

未経験者にとって、「車いすに乗っている状態で、だっこや授乳ができるだろうか」「車いすに乗っている状態で、お風呂に入れてあげることができるだろうか」などなど、育児に関する不安は募るばかりです。

育児に対する不安を払拭するためには、「事前準備の徹底」あるのみ、です。車いすに乗ったまま子どもを抱きかかえられるようにベビーベッドを改良したり、抱っこ用のヒモを工夫したり、ご近所の人や地域のNPO、行政を当たって、予め自分オリジナルの育児サポートネットワークを形成したり、妊娠中に人形を抱いて、抱っこやオムツ交換の練習をしたりと、やることは山ほどあります。

両腕の自由がきかない頚椎損傷者の場合は、介助者と連携して授乳の方法を考えておく必要もあるでしょう。

気合を入れて準備をしていくうちに、育児への不安感はやわらいでいくはずです。

育児経験者の中には、「子どもが、自分の障害の一番の理解者、介助者になってくれる」「3歳を過ぎれば、なんでも手伝ってくれるようになる」といった励まされる意見もあります。

決して過度の不安を抱かずに、一歩一歩準備していきましょう。


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